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中村天風哲学―AIFを比較考察する①

 私の著書「本当に美しくなるための医学」を贈呈した,息子の同級生で、弁護士をしている年少の友人NY君から、私の提唱した自律統合性機能主義の世界観は、中村天風氏の思想に似ていると指摘されたので、天風氏を読んでみることにした。

 そして知ってみて、中村天風氏をそれまで全く知らなかったのは誠に不明であったと少々恥じ入った。
 天風氏は、大正、昭和にわたり、日本の各界の指導者に精神のあり方,人の生き方について精神的な指導をした思想家、哲学者でもあり、啓蒙、啓発家でもあった。
 

氏の主催する「修練会」の会員制組織は天風会とよばれ、氏の存命中(1876-1966)は政財界から学術、芸能、スポーツ界の名だたるお歴々が名を連ね、会員数は10万人を超えていたというし、現在も高弟たちにより活動は継続しており、延べ会員数は100万人を超えるという。

 まずは、個人的に天風哲学が何たるかを勉強するために著書を漁ったが、基本的には天風哲学を体系化して書いた著作は無く、天風氏の講演を門弟が、そのまま論述形式に書き起こしたものが基本である。従って、講演集、テープの類はたくさんあるので、それらから天風哲学の全貌を各々が自ら作り上げていくしかないのだが、驚いたのはそれら資料が非常に高価であることである。代表的な3部作「成功の実現」「盛大な人生」「心に成功の炎を」は、計3万円を超えるし(さらに高価な皮革の装丁本もある。)、アマゾンで中古を探しても結構高値維持である。(これは、著作権、出版権を天風会が独占しているからであろう。)

要は、天風会は、政財官のブルジョア階級の啓発団体であったという戦前の歴史から脱し切れていないということなのだろうか。

 彼が一貫して話す宇宙、生命から人の在り方、生き方に関する世界観は一般に天風哲学と言われるが、基本は「気で生きる」ヨーガ哲学に源流をもつ理論である。
 天風氏自身は、確かにヨーガに始まったが、その後学んだ、仏教(禅)や心理学、精神医学や最新の自然科学からも知識を取り入れ、自らの人生経験を元に総合的に創りあげたもので、中村天風オリジナルのヨーガを超えたものであることを強調している。

 一方、私のAIF理論がヨーガ思想に似ているということは、本にする前に私自身も気が付いていたが、かといって、ヨーガを積極的に勉強したことはなかった。

 今回は、天風哲学を知るために、まずは代表的な3部作をrereadし、周辺の著作もいくつかは読み、その概略は理解したつもりである。資料は、基本的にどれも系統だったものではなく、断片的なものが重複して語られていることが多く、全体像はそれらから類推するしかないので、理解は人によって異なり、深く理解している人や、本人に身近で接し直接薫陶を受けた人から見れば大きく間違っている可能性は残る。

 釈迦、キリストや孔子、ソクラテスの例を挙げるまでもなく、昔から偉大な宗教者や哲学者は、自らの思想は文字ではなく肉声で伝えるに勝る方法は無いと考えたのか、自ら著した記録は無く、彼らの思想は後世の弟子によって文章化されたものが多い。
天風哲学の魅力も、天風氏個人の強烈な個性と類まれな雄弁さに由来するところが大きいので、文章では伝えきれないところが多いのだろうし、天風哲学の真髄は、「悟り」でもしない限り、理解し得ないであろうことは容易に想像できる。
 

従って、天風理論を要約し、私のAIFモデルと比較考察しようなんて目論見は傲慢のそしりを受けて当然であろうと思う。

 そこで言い訳をするならば、これは私の自律統合性機能主義AIFという世界観を、天風氏のそれと比較し、彼の発想の淵源を探ることで、私自らの考えを深化発展させて行こうとする動機によるものであって、ここでは、その道筋を記録しておこうとするものに過ぎないのである。
 

また、天風氏の哲学を御存知で、興味を継続されている方、あるいは私のブログや著書でAIFについて多少なりとも関心を持たれている方以外の人には、チンプンカンプンでご理解いただけないかもしれないことを、最初にお断りしておきます。

まず、中村天風哲学を私なりに、超要約してみます。

 大自然、大宇宙は真空の中から極微細粒子、気(素粒子?)として生まれ出たものあり、人間の生命は宇宙の気から生まれたものである。したがって人間の生命は宇宙の根源的要素(ヨーガでは宇宙霊)、宇宙エネルギーVrilと気を通して根源的につながっているのである(同根同質)。
 宇宙の根本主体は宇宙霊という気であり、それはアプリオリに(本来的に)進化向上へと運動する性向を持っていると思われる(と無条件に考える)。そして、これと同調して生きようとするのが、「気」によって生きる天風の理想とする生き方であリ、天風哲学の根底となっている。
 人間の本質も、霊魂と呼ぶ気であり、気が表われたのが「心」であり、「心」が表われたのが「肉体」である。つまり、心も肉体も人間の本質である気の「道具」に過ぎないと考える。この二つの道具、心と肉体は一体のものであり、それらの統合の上に生命は成り立っている。
 それを一つのものとして使いこなすのが心身統一であり、それにより、潜在意識に溜まった雑念、妄念を取り除き、命の本然の力を発揮させ無我無心、無念無想に新規転換を図ることが可能となり、宇宙霊と一体化することが出来る。
また心身統一によって、自分の命に出来る限り多くの喜びを味わわせて生きるのが、天風の言う本当の生き方であり、倫理観でもある。
 

 人間が万物の霊長であるのは(すなわち人間の本質は)、人間にのみ「心」が与えられている理由をよく認識し、心が、人間が宇宙の進化向上に同調し宇宙の働きに貢献するように人間の行いを導き規定して行くところ、にこそある。
 人間たるものは万物の霊長として、そのように心をもつようにする責務がある。そのためには、人は肉体から派生する本能心、我から派生する理性心を克服し、霊性心で心を支配できるようにならなければならない。
 

霊性心とは、進化向上につながる眞・善・美を本質とし、人では人を喜ばせ、社会のためになることをするという本心・良心として現れるものである。人に霊性心が現れると、人は純心無垢、無我無心、虚心平気になり、一切の葛藤、煩悩から解放され、心が何にも支配されない無、空の状態になる、そのような霊的境地になると人間の生命は宇宙の根本主体・宇宙霊と繋がり一体化し、無限の宇宙エネルギーVrilを生命の中に取り込むことが出来るようになる(神人冥合)。
 その宇宙エネルギーは、人の心の思い、考えに順応して与えられることになっているので、人は尊く清く正しく勇気に満ちた、深くて大きい望みを持たねばならない。そうすれば、人は皆、その人物が思い願うものに見合ったに大きさのエネルギーを分配され各人の思い、考えが成就できることになる。
 

 神人冥合の世界では、人は無我無心、無念無想、虚心平気の利他の世界にあり、人の喜ぶこと、世のためになることしか考えないし、行わないので、人は喜びに満ち溢れた気持ちになり、心身健康な幸福な生活を過ごすことが出来るようになり、世界から争いは消え、持続可能な平和な世界が実現する、とします。

 ところで、天風哲学で最も肝心なところは、このような世界観を単なるhow to sayで留まるのではなく、それを実現するための理論と方法 how to do を示している所である。
 すなわち、それらの方法を実行すれば、「悟り、霊的境涯」も実現するという自力本願的なところであり、かつ従来の宗教哲学とは大きく異なっているのは、難行苦行の末、自ら達するというものではなく、もっと日常、習慣的に行う実際、実用的な方法で可能であるとし、その方法を具体的に示しているところが大きな特徴になっている。

 すなわち、人が万物の霊長であるべく「心をコントロールをする力」を強くするために、「観念要素の更改」、「神経系統の調節」をし、それらを習慣化して「積極的観念の養成」をすることが大事であるとし、具体的にはヨーガの「クンバハ(ある種の姿勢をとる)」、「安定打座(瞑想)」、「言葉の力」、「自己暗示」、で心身統一を図り、霊性心に達することが可能となり、宇宙霊のエネルギーと一体化できる(神人冥合)、としているのである。

 以上が、私が認識した天風哲学の大筋である。

 私の自律機能統合性AIFの考えは、あくまで観念論であり、そこに限っては天風哲学と比較論証は可能であるが、how to doの部分は、AIFにはないので比較はできない。 ただAIFの観念を臨床医学に応用しようというのが、私の当初よりの意図であるので、天風氏の示した多くの方法は、私にとっては誠に多くの示唆に富むものであることは間違いない。

 次回は、天風哲学の依拠する論拠に迫り、それを私のAIFと比較考察する予定です。
ただ、AIFについては総説的な解説はしないので、興味がおありの方は、このブログの前の方のAIF関連のいくつかの論文か、拙著「本当に美しくなるための医学」をお読みになってください。